1997年放送開始の「学校へ行こう!」で、高学歴で頭が良く、かつ面白い「だぜ」君の事が記憶にある人も多いでしょう。
当時番組を見ていた同世代の若者は、だぜさんが今現在何をしているのか気になるかもしれません。

しかしそんな心配をよそに、地元大分県の病院で主任を務めていらっしゃるのです。
ラジオ出演時の画像もございますので、だぜのヒストリーを再確認したいと思います。

学校へ行こう!放送当時の「だぜ」こと坂西雅彦さん

番組内の企画として2000年6月から2001年2月まで放送された「東京ラブストーリー」というコーナーにおいて、男性3人女性2人の合計5人の青春模様が放送されました。

女性人は「サオリ」と「ミホ」という綺麗どころの2人。
男性人は「だぜ」こと坂西雅彦さん、マサーシーこと米澤将史さん、そして永谷顕さんの3人でした。

当時の記憶が薄れていても、発する言葉の語尾に「だぜ」を付ける事が特徴だった坂西雅彦さんの事は思い出しやすいと思います。

サザンオールスターズの大ヒット曲「TSUNAMI」の替え歌を面白く歌い、最後に
「思い出はいつの日も…だぜ」
というオチを付けてくれた時には大爆笑してしまいました。

「学校へいこう!2015」で5人が再集結

コーナーが終了した後、だぜ君は慶應義塾大学を卒業、そして(株)チャンネルジェイに入社しネットジャーナリストをされていました。

その他の4人もそれぞれの人生を歩んでいたのですが、2015年11月3日に「学校へいこう!2015」という1回限りの特番で番組が復活し、そこで5人は久しぶりに再集結したのでした。

4日後にラジオ出演。今は「うえお乳腺外科」の総務主任

1度限りの復活から4日後の2015年11月7日(土)に、大分県にあるOBSラジオの「もっとあなたと!COLORFUL PALETTE」 という番組に「上尾乳腺外科」という病院で総務主任を務める坂西雅彦という方が出演されました。

この「だぜ」と同姓同名の方こそが、他ならぬだぜ本人だったのです。

なぜ大分なのかというと、だぜの出身地は大分県なのです。
現在は地元に帰っていたのでした。

「学校へ行こう!」の復活放送後の、まだトレンドな時期に地元大分の有名人に出演をオファーしたのでしょう。

そして結婚して子供1人をもうけ、今も当時と同じく明るいキャラクターで周りをなごませているのです。

このラジオ番組に出演された時の画像は こちら になります。
見るからに明るく、病院内のムードーメーカーなのは間違いないでしょう。

私達が心配するまでもなく優秀な頭脳を活用し、公私共に充実した生活を送られているようです。
「あのだぜが今じゃパパで大分で過ごしているのか」と、しみじみ思う中年・壮年の方も多数いるのではないでしょうか。