朴鐘顕(パクチョンヒョン)容疑者が逮捕されたのが2017年1月10日。
講談社の編集次長を務める人物の経歴に衆目が集まるところですが、大学はあの京都大学の法学部を卒業していたのです。
情報元は「文春砲」でその名を轟かせた週刊文春です。

奇しくも逮捕の翌日の1月11日発売の「週刊文春2017年1月19日号」に
「進撃の巨人・元編集長の妻が怪死」との見出しで、2017年の年明けに逮捕されるかもという、まさに予言ともいえる記事が掲載されていたのです。

週刊文春にて明かされた、パクチョンヒョンの経歴に迫ってみましょう。

朴鐘顕の経歴は在日3世の優等生

文春記事では、まだ逮捕されていないためパクチョンヒョンは「A氏」という呼び方をされ、顔写真にも黒の目線が入っていました。

A氏は1975年に大阪府で生まれ、地元の友人には自ら在日韓国人三世という事を言っていたそうです。
ただしハングル語は全く読めず、韓国人の血を引いてはいるものの純粋な日本人として育っていたのです。

大阪府堺市にある実家の近隣住民の方によると、朴鐘顕の父親は飲食店を経営していました。
その父も9年前に亡くなり、現在は母親が実家に一人で住んでいる状態です。

母親の実家はパチンコ店を経営していたそうで、おそらく母方が韓国籍系統なのでしょう。

A氏は長男で妹と弟の合計3人兄弟で、大阪府内の高校在学時にはガールフレンドもいて、彼女と手を繋いでいてもキチンと挨拶をしてくれる優等生だったのです。

京都大学に一浪して入学

朴鐘顕は優等生といってもそんじょそこらの優等生ではありません。
高校卒業後は一浪をしたものの、京都大学法学部へと合格したのです。
偏差値は75くらい必要で、東の東京大学と並ぶ超難関大学で、とんでもない学歴の持ち主なのです。

一浪してまで京都大学法学部を選んだ理由は、弁護士の道を目指していたからなのです。

ただし、父親が経営する喫茶店には当然漫画が大量に備わっており、そういった漫画に幼き頃から親しんでいた影響もあって、漫画編集者の道を選んだのでしょう。

これらも前述の近隣住民から語られた情報であり、朴鐘顕がいかに地元の方とコミュニケーションを取っていたというのが伺えます。

そして大学時代はシネマ研究会に入り自主映画の製作をしていたので、面白いコンテンツの選球眼もそこで養ったのでしょう。

それが後に講談社で進撃の巨人という大ヒット作を生んだ要因になったのかもしれません。
(ただし講談社のウェブサイトでは1月11日付けで「進撃の巨人掲載誌の創刊スタッフ」との見解が述べられています)

学歴も高く、純粋な才能としては秀でている人物という事が、これら経歴から分かるものです。