元アイドルが35歳の若さで孤独死をとげていた。
これは平成元年(1989年)暮れの第31回日本レコード大賞において新人賞を獲得したアイドル・川越美和(かわごえみわ)さんの事なのです。

2007年に芸能界を引退したので、元アイドルというのが正確でしょうか。

驚くべきは孤独死は最近の事ではなく9年以上前の2008年春の事であり、今年2017年5月30日発売の「週間女性2017年6月13日号」によってようやく世に知られる事となったのでした。

引退作は2007年4月の「ゲゲゲの鬼太郎」

川越美和の引退作となったのは、2007年4月28日に公開された実写版映画「ゲゲゲの鬼太郎」です。
当時まだ34歳の川越さんは、当時20歳の井上真央の母親役として出演したのです。

もっとも、ご本人は決してこの作品を引退作とするつもりではなかったと思われます。
結果的にこの作品をもって引退となったのです。

引退理由はもっと別のところにあり、それについてせまってみます。

引退理由は芸能関係者に騙されたから

前述の週間女性において、元同僚のS氏が

芸能関係の悪い人間に引っかかって、何かの保証人になってしまったみたい。
それで、本人に金銭の請求が来るようになり、
「悪い輩に騙された」
って寂しそうに話していました。

と、語りました。

なのでこの事がきっかけで芸能界が嫌になったのだと推測できます。
これが引退理由なのでしょう。

引退後はテレホンアポイントの仕事に就く

このように芸能界を引退した川越さんが就いた仕事は、不動産会社のテレフォンアポイントの仕事です。

時給は1400円で、契約を1本とる毎に5万円が入る給与体系で、川越さんは相当良い結果を出していたと元同僚のS氏が同誌にて語りました。
「元同僚」とは、テレアポの仕事の同僚の事だったのです。

この時期の住まいは、不動産会社が用意した墨田区内にあるマンションで、フレンチブルドッグ2匹と過ごしていたのです。

川越さんは近所の美容室に行った際
「お金は無いのですが髪を切ってくれませんか。お金の代わりに何でも手伝いますから。」
と交渉し、さすがにオーナーは断ったそうなのです。

この事から、金銭的にも精神的にも相当追い詰められていた事が想像できます。

2007年末にテレアポの仕事を辞め、品川区に

このテレアポの仕事は半年ほどで辞める事となり、それに伴い墨田区内の会社提供のマンションも出て行くことになります。
しかしフレンチブルドッグが荒らしたのか壁紙や床がひどく傷付いており、会社は80万円を請求しました。

会社も川越さん本人との話し合いではどうにもならず、鹿児島の実家の父親に連絡すると、酒を飲んだり金遣いがあらかったりという事が理由で勘当したとの事で、とりあってもらえなかったのです。

この頃から川越さんの精神状態はさらに悪化し、10種類くらいの薬を飲んでいたのです。

墨田区内のマンションを出た後は品川区内のアパートに引っ越したのですが、家賃滞納で3~4ヶ月で出る事となったのです。

2008年4月に大田区に引っ越し孤独死。原因は心不全

家賃滞納が理由で品川区のアパートを出た後は、大田区内の羽田空港に近い場所にある木造アパートに移りました。

「ここから裸一貫イチから頑張ってみる」
とS氏に話した川越さんなのですが、引っ越して1週間後位に異変を感じた大家さんが警察と一緒に部屋に入ると、亡くなっていたのです。

亡くなった理由は心不全なのではとS氏は語ります。
少し前に会った時は痩せこけていて、かろうじて喋っていたとの事なのです。

現在の川越一家

S氏によると、葬儀は行わずに四十九日だけを行ったのでした。

川越さんは3人姉妹の真ん中なのですが、姉妹とはもう何十年も交流はなかったのです。
お姉さんは長野県に嫁ぎ、妹さんは鹿児島県内に嫁いでいます。

川越美和さんを勘当したお父様も3年後に亡くなり、お母様は長野県に嫁いだお姉さんの所に住んでいるとの事。

このように空き家状態だった実家ですが、現在は解体作業が行われてしまっているのです。

芸能界にいた頃は広尾あたりに住み、車はミニクーパーに乗っていたそうです。
そして墨田区内の会社マンションにいた時には、オークションに出品するブランド品のバッグや靴を床一面に並べていたりと、派手な生活を送っていたのでしょう。

おそらくそのような生活が原因でお父様から勘当され、姉妹とも交流がなかったのかもしれません。

当時スクールウォーズ2等での活動を見ていて、同じ時代を過ごした者としては、このような状況になった事は非常に寂しいものがあります。

そんなファンのために、S氏は

何も知らないファンの方たちのため、最期を知る人間の声を届けてほしいんです。

と、真実を知らせてくれたのでした。