北朝鮮に対する敵対行為を行ったとして拘束されていた、アメリカ人大学生オットーワームビア氏(22)が、2017年6月19日に地元の米オハイオ州の病院で亡くなりました。

拘束された約2ヶ月後の2016年2月に、北朝鮮の首都・平壌(ピョンヤン)で会見したのですが、その会見動画の内容を見るに、言わされた可能性もあるのではないでしょうか。

拘束されるに至った経緯

まずは、オットーワームビア氏はどういう経緯で北朝鮮に拘束された経緯を説明致します。

2015年12月29日

オットー・ワームビア氏は、2015年12月29日に観光目的で北朝鮮を訪れます。

2016年1月1日

オットーワームビア氏は、年度が2016年に変わった直後の1月1日の午前2時前頃に、滞在先の「羊角島(やんがくど)国際ホテル」の従業員専用の2階エリアに忍び込み、とある展示物を持ち出そうとしたのです。
その「展示物」とは、北朝鮮への制度への愛着心を植えつけさせるスローガンが書かれているポスターだったのです。

しかしその展示物は予想より大きかったため、持ち出さずに放置したのでした。

2016年1月2日

そして翌日の1月2日に、米国へ帰るためにピョンヤン国際空港で飛行機に乗り込もうとしたところで拘束されたのでした。

2016年2月29日:オットー・ワームビア氏の会見内容及び動画

拘束から2ヶ月近くが経った2016年2月29日に、オットーワームビア氏は平壌で、涙ながらに謝罪会見を行い、その内容は内外のメディアに公開されました。
この会見は北朝鮮政府が用意したものであり、この当時オットー・ワームビア氏は21歳でした。

記者会見内容は、アメリカの協会からの依頼を受け、滞在先のホテルにあった政治スローガンが書かれた展示物を持ち帰ろうとしたと、自ら説明しました。

会見動画は、次の共同ニュース公式サイトでご覧いただけます。

確かに自ら過ちを認めているのです。

そして国営の朝鮮中央通信(KCNA)も、ワームビア氏が北朝鮮への重大な犯罪を告白したと伝えたのです。

2016年3月16日:懲役15年判決

この会見から半月が経過した3月16日、北朝鮮の最高裁判所は労働教化刑15年を言い渡したのです。
罪状は国家転覆陰謀罪との事です。

2017年6月13日:昏睡状態のまま帰国

そして今年2017年6月13日、アメリカはオハイオ州の空港に軍用機が到着しました。
その飛行機から、職員によって抱きかかえられて運び出される若い男性の姿があったのです。

その画像は こちら になります。

鼻にチューブを入れられた痛々しい姿なのです。

アメリカメディアでの報道

この謝罪会見に対し、アメリカメディアは

過去北朝鮮に拘留されたアメリカ人も記者会見で、北朝鮮当局がアレンジした告白により罪を認めさせられ、記者の質問も当局に要求された通りだった

との見解を示しています。

このアメリカ側の見解だけを鵜呑みにする事はできませんが、北朝鮮というお国柄ゆえ、そういった見解も「そうだろうな」と認めざるをえなくなります。

そしてこのオットー・ワームビア氏の北朝鮮への旅行においてルームメイトとなった男性によると、そのような展示物(ポスター)の話は全くなく、非常に礼儀正しいオットー・ワームビア氏がそのような事をするとは信じられないとの事です。

仮に会見内容が事実だったとして、ポスターを剥がしただけで15年もの刑を言い渡すとは酷すぎます。

ルームメイトだった男性は「冒険目的で北朝鮮を訪れたと」のことで、おそらくオットー・ワームビア氏も同様なのではないでしょうか。
何の後ろ盾もない一般人が、そういった安易な好奇心で北朝鮮を訪れるのは危険だと証明されてしまいました。

そして今回の件は北朝鮮のアメリカへの政治的な牽制目的というのもミエミエで、尊い若者がそのための犠牲となってしまったのです。